朝顔日記

あさがくるまえに。

淋しがりや

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 人からよく変わってるね、と言われる。私としては普通に生きているだけなのだけれども。

 以前、こんなことがあった。

 中学の頃、てんちゃんが抹茶クッキーを作ってきて、タッパー2つに入れて、パーカッションの部室に持ってきてくれた。私はフルートパートだったけれど、よくパーカッションパートまでお昼をお邪魔しに行っていたので、そのときも部屋にいた。

 「みんな食べてな」と彼女が言うので、わーい、と言いながらみんな一つずつ手に取り、美味しい。そうしてあとは食べないのだった。

 タッパーにはまだまだクッキーが残っている。でも、みんな遠慮しているのか食べない。お菓子が大好きな私は、1人でばりばりとクッキーを食した。

 そうしてクッキーが大分減ってきたとき、「おい、お前ばっかり食ってんじゃねぇよ!」と言われ、私はえ?っとなった。みんなが食べないから、持ってきたてんちゃんに失礼だし、私が食べていたんだけれど、どうして怒られるのか。

 母にこれを相談したところ、お前はおかしい、と言われた。

「唐揚げが一個余っていたらどうする?みんなに聞くやろ?なんでみんなに『まだ余ってるでーみんなで食べよーさ』とか言わんかったん?」

 その説明は理解はできたけれど、完全に納得はできなかった。

 そして、私はたまに無性に1人になりたくなることがある。うるさい場所、人が集まる場所が苦手で、この間の軽音のライブも、途中何度か抜け出した。そこまで過敏ではないので、吐き気を催したりはしない。ただ、積極的には行きたくない。ゲーセンの空気もあまり好きじゃない。

 人と話す、ということが苦痛に感じたとき、本を読んだり外に出てぼーっとしたり、空想を巡らしてリラックスしたら、また輪の中へ戻る。淋しがりやの私は、完全な孤立は怖くてたまらない。

 私のこういう部分が嫌い、と言う人もいるし、逆にそういうところが好き、と言ってくれる人もいる。私はみんなと仲良くできるタイプじゃないから。

 遊びも、行きたくなかったら「行きたくない」とはっきり言う。それで怒ってくる人もいたけれど、そういう人とは長続きしない。合わなかったんだな、と思い、LINEを非表示にするのだ。

 いま、私のLINE友だちは30人。周りでは、500人なんていう人もいる。

 私は狭く深い関係を築きたいので、自分が仲良くしたい、一緒にいて心地よい人だけしかLINEに表示していない。

 それでも、そういう人たちが30人もいるということが、嬉しくってたまらない。私のこの変な部分を受け入れてくれる人に、感謝を捧げたいと思う。

 多分、どんな人でも、ありのままを受け入れてくれる人、というのは存在するのだと思う。それは恋人であったり、友人であったり、家族であったり。私は幸福なことに、人生の中で、そういう人たちに出会えたのだ、といまは確信している。これからもしかしたら、信用していた人に裏切られたり、失望させられたりすることもあるかもしれない。それでも、私は友人を大切にしたいし、助け合いたい。ぼっちなんてごめんだ。

 変わってるね、と言われることはとても名誉なことだと思う。だってそれは、「あなたは他の人と違って特別」と言われているように感じるから。